法  話

HBCラジオ「曹洞宗の時間」(毎週土曜 午前6時15分〜6時19分)にて放送された、
北海道各地のご住職の法話を掲載しております。
また、実際にラジオで放送された音声データの配信も行っております。

ポッドキャスティング 配信データ

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2月 2017/2/25
「奇跡」

2017/2/18
「善い行い」

2017/2/11
「明珠在掌」

2017/2/4
「小さなほとけさま」


1月 2017/1/28
「お不動さん」

2017/1/21
「洗面・歯磨き」

2017/1/14
「無功徳」

2017/1/7
「感謝」



 ▼過去の放送分
 2016年 2015年 2014年 2013年 2012年 2011年 2010年 2009年

2017年2月25日放送「奇跡」

お釈迦様がお説きになられた、『父母恩重経(ぶもおんじゅうきょう)』というお経に、次のような一説がございます。

「全ての人々よ、父には慈恩(じおん)があり、母には悲恩(ひおん)がある事を忘れてはならない。人間がこの世に生まれてくるという事は、その人がこの世にどうしても必要な存在だという尊い約束にもとづき、その人の父母の命をよるべとして、生まれてくるのだ。」

さて、私達がこの世に今こうして存在できておりますのは、勿論、お一人お一人のお力によるものですが、御先祖様、そして私達を直接お生み下さった御両親様の御存在あっての事と存じます。

又、ある本に次のような事が書かれておりました。
一組の両親から、どれだけの遺伝子のパターンを持った子供が生まれてくるのか。これを計算致しますと、その可能性は七十兆だそうです。
私達は七十兆分の一なのです。これはもう奇跡的な数字です。まさに、私達は七十兆の中から選ばれて生まれてきた、かけがえのない一人なのです。

私達がどんなに人類をさかのぼっても自分と同じ人間は絶対にいませんし、人類の歴史がどんなに続いても、自分と同じ人間は生まれてこない、今現在を生きている私という存在は、過去にも未来にも存在しないのです。

世情、命を軽んじるような事件が数多く起こっておりますが、奇跡ともいうべき確率でこの世に生を受けた私達は、自分の命は勿論の事、他人様の命も大切にし、そして又、この世に私達を生んで下さった御両親様始め、御先祖様方に日頃より感謝の気持ちを持たれる事が大事なのではないかと思います。


夕張市 錦楓寺
磯西 道由


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2017年2月18日放送「善い行い」

仏さまの教えに「わるいことはしない。よいことをする。そうすれば心が清らかになる。」というものがあります。じつに簡単そうなことですが、実際に行動に移そうとするとなかなか大変なことでございます。

善いことを積み重ねることを「徳を積む」などと申しますが、善いことをしてもそこに見返りを求める心や、人に褒めてもらおうとする心があったりするとそれはなんの値打もないものになってしまいます。
人に見せびらかさず見えないところでする善い行いが本当に価値のあるものでこれを私たちは「陰徳を積む」と申しております。

もっというと誰も見ていない誰も知らないならば、平気で悪い行いをして、誰かが見ているところでは善い人を演じる。このようなことはしていないでしょうか?

人が見ているところでゴミをポイ捨てする人はなかなかいませんが、誰も見ていないところでポイ捨てをしてしまう人は実のところかなりいる気がいたします。

人が見ているから善い行いをするのではなく誰も知らなくても見ていなくても善い行いをすることが「陰徳を積む」ということです。

言うは易く行うは難しですが、まず例えば玄関の靴やスリッパが乱れていたら直すように心がける。毎朝、仏壇の水とご飯を替えることを約束する。

なんでもよいのですがこれらのことを長く長く続けてください。10年続けることが出来たならそれは日常の生活の一部となっていて、何の見返りも求めずに自分でも気付かずに陰徳を積めていることになります。
大切なのは続けることです。

自分の良心にしたがって正しいことを積み重ねていっていただきたく思います。


夕張市 禅峯寺
安藤 英賢


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2017年2月11日放送「明珠在掌」

皆さんは、「幸せの青い鳥」という童話をご存知でしょうか?兄のチルチルと、妹のミチルが、幸せの青い鳥を探して夢の世界へ旅に出るお話です。
二人はいくつもの不思議な国を巡って青い鳥を連れて帰ろうとしましたが、とうとう果たせませんでした。ベッドの上で目が覚めて、ふと鳥かごを見ると、かごの中に探していた青い鳥の羽根が入っていました。
わざわざ探しに行かなくても、きょうだいが家で飼っていた鳩こそが、実は幸せの青い鳥だったのです。

このお話は、幸せは自分のすぐ近くにあるのに、我々はそのことになかなか気付かないものなんだと教えてくれています。

「明珠在掌(みょうじゅてのひらにあり)」「明珠在掌」という禅の言葉があります。素晴らしい宝物は、最初から手のひらの中にあるのだ、という意味です。

数年前にあるお檀家さんにお参りに伺った際、ご主人を亡くされたおばあちゃんが、私にこんな話をしてくれました。
「若さんね、旦那が生きてるときは、腹を立ててケンカしたこともあったよ。けど、亡くなった今となっては全てが懐かしく思える。愛おしく思えるんだよ」と。

私は「亡くなった今となっては全てが懐かしく思える。愛おしく思える」という言葉に深い深い愛情を感じると共に、そうは言ってもそのおばあちゃんはご主人のことを元気なうちから大切に思っていたんだろうなと感じました。
一番身近な存在の大切さ、いてくれる有り難さに気付いていたんだろうなと思いました。

幸せは自分のすぐ近くにある。素晴らしい宝物は最初から手のひらの中にある。
皆さんのすぐ近くにも、きっと幸せや宝物があるはず。必要なのは、探しに行くことより、気付くことです。


千歳市 大禅寺
押見 正貴


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2017年2月4日放送「小さなほとけさま」

本日は「利行」と言う教えについてお話を致します。
「利行」とは見返りを求めずに人助けをする仏様の行いです。

先日境内の落ち葉を掃き掃除しておりますと見知らぬ小さな男の子が自転車で私の元へやってまいりました。
「こんにちは、お坊さん何してるの?」
「ほうきで落ち葉を集めてお掃除をしてるんだよ」
「ふーん、僕はね今パトロールしてるんだ。僕もお手伝いしても良いですか?」
「え、あ、ありがとう、じゃあ宜しく頼むね」

話を聞くとその子は近くの保育園に通う五歳の男の子でありました。
十分程が経ち私が「もういいよ、どうもありがとう」と言うと「えー!でも、まだ向こうにも落ち葉があるよ」と言って男の子は箒を持って駆け出して行きます。

結局それから一時間近くも境内の掃除を一生懸命手伝ってくれたのです。
「どうもありがとう。おかげで綺麗になったよ。これお礼にチョコレートどうぞ」
「そんなのいらないよ、でもその代わりまたお手伝いに来ても良いですか?」
「もちろんだよ、ほんとに今日はどうもありがとう」

私はこのとき小さな男の子にほとけさまの姿を見ました。
改めて「利行、見返りを求めずに人助けをする仏様の行い」を教えて戴いたのです。

それ以来お寺には時々、自転車に乗った小さなほとけさまが掃除を手伝いに来てくれるようになったのでした。


安平町 瑞雲寺
増坂 泰俊


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2017年1月28日放送「お不動さん」

2017年がはじまり間もなく一月が経とうとしております。
年末をご家族とゆっくり過ごし、年が明け心新たにお寺や神社にお参りされた事と拝察致します。
初詣や厄払い、節分の御祈祷とこの時期は、各地で身と心を浄めるお勤めが多くございます。

大安寺では本日十二時より不動尊の法要が執り行われます。
皆様にはお不動さんと呼ばれ親しまれております。
以前は開基松岡家にお祀りされ、地域の皆様にお参りされておりました。
ある時お祀りしていた建物が火災にあいました。
しかしお不動さんはその中から奇跡的に焼け残り、その後はお祀りする場所を大安寺本堂へと移し、文字通りこの地の不動の守護尊として私たちを見守ってくださっております。

お不動さんは怖しい姿をされております。
剣で悪しきものを遠ざけ、煩悩、私たちの欲を打ち砕き、迷いを断切り、願いを成就させ、良きご縁へと導いて下さいます。
お不動さんは、私たちに所願成就と良きご縁は、欲深き迷いの先にはないという事を、お姿を持ってお伝えくださっております。

菩提寺様、近隣のお寺様へ足を運び、この時期は仏縁を深めて頂ければ幸いでございます。
2017年、皆様の家内安全、諸縁吉祥をお祈り申しあげます。


室蘭市 大安寺
岡部 良道


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2017年1月21日放送「洗面・歯磨き」

みなさま、今朝起きられてから洗面、歯磨きは、お済ませでしょうか?
毎朝、何気なく洗面と歯磨きをされている方も多いと思いますが、この洗面・歯磨きという行いが大事な修行の一つであると、曹洞宗の開祖である道元禅師は説かれているのです。

道元禅師が修行されていた当時の中国では、洗面は行われていましたが、歯を磨くという習慣が一般的ではなかったと言われています。
逆に当時の日本では、口をすすぐ程度のことは行われていましたが、洗面は行っていなかったそうです。

道元禅師は、これが一得一失であると考え、顔や歯を清潔にしない状態で人と接することや様々な行いをすることは無礼であり、単に自分の顔を洗うのではなく、洗面をすることは自分自身を浄めその行いが世の中を浄めると示され、汚れていようと、汚れていまいと洗面・歯磨きを行うことも修行の一つであるとして、洗面と歯磨きの両方を行うべきであると説かれました。

洗面については、水よりお湯の方が汚れが落ちるので、お湯を使って顔全体から耳の裏、頭の上に至るすみずみまで洗うことなど、歯磨きについては、楊枝の端を噛み潰して細かくしそれを使って磨き、舌も刮ぐことなど、正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)の中で所作や使用する物について事細かに示されました。

この道元禅師が説かれた洗面・歯磨きの教えが一般の人々に広まり現代の洗面と歯磨きが習慣となっていったのです。


小樽市 興聖寺
清水 英詔


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2017年1月14日放送「無功徳」

冬真只中の1月、皆さまいかがお過ごしでしょうか。
まだストーブがついていない寒い部屋の中で、私はなかなか温かい布団から抜け出すことが出来ず、やっとの思いで起き上がっている毎日でございます。

そんな私のとある朝の出来事です。
顔を洗い、朝食を頂き、さあお寺に向かおうと外に出てみれば、待っているのは辺り一面の白銀世界。先ほど頂いたお味噌汁のおかげで温まった身体も、一気に冷めてしまいます。
せっせと雪掻きをし、やっとひと段落ついてお寺に行ってみれば、またまた一面白銀世界。一層気合を入れ、またせっせと雪掻き。

そんな中、毎朝お寺にお参りに来られるお檀家さんが来られました。
「おはようございます、知道さん。毎朝雪掻きお疲れ様。いつもこのお寺を綺麗にしてくれて、ありがとうね。」
この言葉を頂いた時、ポカポカと、身体だけではなく、心も温まっていくのを感じました。頑張った甲斐あったな〜って。

仏教には無功徳という言葉があります。どんな事にも見返りを求めてはならない。利益を求めず行うことで、初めて善行となされるといいます。なかなか厳しい教えでございます。
ですが、そこに相対する人が、慈悲の心をもって接すれば、愛語をもって接すれば、お互いの心に温かみが生まれ、これ以上のない功徳になるのだと、あらためて思い知りました。

寒さの厳しい北海道の冬ですが、人の温かさというものは、そんな寒さも吹き飛ばしてくれます。皆さまも是非、私のような寒がりな人を見かけましたら、慈悲の心をもって接してあげて下さい。


小樽市 円龍寺
桑田 知道


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2017年1月7日放送「感謝」

昨年も地震、台風、豪雨などの自然災害によって甚大な被害がもたらされた年となりました。被害に遭われました方々に心よりお見舞い申し上げますとともに、今年こそは平穏な一年でありますようにと祈念致すところでございます。

さて、「一年の計は元旦にあり」という言葉がある通り、物事を始めるにはまずきちんとした計画を立てることが大切です。皆さまもそれぞれの目標を立てて新年を迎えられたことでしょう。しかし、目標を成し遂げるためには様々な困難や悩み、苦しみなどを伴うことがあります。そんな時には今自分が存在すること、生きているということがご先祖様やご両親はもちろん、自分を支えてくれる多くの方々のお陰であるということに気づき、感謝する心を持ちましょう。感謝し孝行することは仏さまになる道であり、悩みを解決するための道となるのです。

本年は酉年です。この酉年の酉という字には果実が成熟した状態、実った状態という意味があるそうです。皆さまにとりましても実り多き一年となりますことを心よりご祈念申し上げます。


曹洞宗北海道管区教化センター 統監
藤原 重孝


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